第十章 誓い第10章 誓い「島がやられ・・・?一体誰が攻めてきた!?」 桃太郎は声を荒げて彦助と長次を見た。 「・・・本土の者か?」先ほどの長の話が桃太郎の頭をよぎる。 すると彦助が、強張った顔を横に振った。 「島の者です。前々から首領に反発していた金蔵(カネゾウ)ら一味が、武器を持って首領の座を狙おうと・・・」 「今や島の中は、金蔵側と首領側に二分されようとしています!」長次が息を切らせながら言った。 「・・・仲間は無事なのか?」桃太郎の声が怒りで震える。 彦助は長次と顔を見合わせ、目を伏せた。 「怪我人は出ましたが、今のところ死者は出ていません。ただ・・・」 「ただ?」 「与助んとこのウメちゃんが、金蔵に連れ去られました」 桃太郎は歯を食い縛り、見張り台から飛び降りた。そこには、犬とキジが待っていた。 「桃太郎様、一体何があったのですか?」犬が問いかける。 「島へ帰る」 桃太郎は一言、自らに誓うように言い、門へ向かって駆け出そうとした。しかしそこには例の、刀を腰にさした男たちがずらりと並んで待ち構えていた。桃太郎が後ろを振り向くと、こちらにも男が立ち並んでいる。完全に取り囲まれていた。男たちがジリジリと近付いて来る。桃太郎は腰の刀に手をやった。すると突然、キジが急速に上空へ飛び上がった。そして咄嗟に桃太郎が顔を上げたその時!―――― 空から網がバッサァ~と降って来た。 「あぁ、前にもこんなことが・・・」 桃太郎と犬は、鬼ヶ島の頂上集落で門から一番遠い建物の中にいた。どうやらキジは上手く網から逃れたらしい。一間一階建て、天井は馬鹿に高く、窓は手も全く届かない上方に一つあるだけ。そこから差し込む月明かりが、桃太郎と白い犬の姿を浮かび上がらせていた。もちろん戸口には鍵が掛かっており、外には見張りの者もいる。その十畳ほどの板間に桃太郎は仰向けになり、遠い天井を見つめていた。犬は傍らで大人しく座っている。 「俺・・・本当に役立たずだな」桃太郎はポツリと声を出した。犬はそれを聞いて、驚いたように首を横に振った。 「いいえ!桃太郎様は大変立派なお方でございます!桃太郎様はわたくしを救って下さいました」 「え?俺は何もしてないよ」桃太郎はゆっくりと体を起こしてあぐらをかき、やたらと姿勢正しい犬を見た。 「桃太郎様に出会う前のわたくしは、ひとりぼっちでした。島には、わたくしの他に黒色の犬はいません。その黒い毛のせいで犬仲間から気味悪がられ、避けられていたのです。わたくしは、真っ黒な自分が嫌いでなりませんでした」 「そういや劣等感とか言ってたな」 「そうです。わたくしは、皆様から『シロ、シロ』と呼ばれている白い毛を持つ犬が羨ましくてなりませんでした。しかし!あの時、桃太郎様から頂いたきびだんごのお蔭で、わたくしの毛は今では真っ白!しかも、人間の言葉まで話せるようになったのでございますよ!」犬は目を輝かせながら言った。 「ああ、そうだったな」桃太郎は、優しい笑みを犬に向けた。 「わたくしは、チャッピーさんのように賢くありませんし、難しいことは全く分かりませんが、あの団子には、食べた者を幸せにする力があるのではないかと思うのです」 「幸せに?」 「わたくしは色が白くなったことで、自信を取り戻したというか何と言うか、外見だけでなく、心までもが新しくなったような心持がするのです。そして何より、わたくしは、自分が好きだと思えるようになりました」 「良かったな」桃太郎はゆっくり瞬きをして言った。 「こうして桃太郎様のお供をさせて頂き、お話できることも嬉しくてなりません。ですからわたくしは、桃太郎様に大変感謝しております!」 「俺はきびだんごをやっただけだ。別に何てことないよ」桃太郎は照れ笑いを浮かべた。 「いいえ!桃太郎様は素晴らしいお方でございます!」 「そんな、犬、・・・犬・・・?そういえば名前がないな」 「ええ。わたくしは野良でしたので、名前などございません」 「それなら俺が名前を付けてやろう。う~ん・・・じゃあ、念願の『シロ』でどうだ?」 「『シロ』!長年の夢でございました!有難くそのお名前頂戴いたしまする」犬は深々と頭を垂れた。それを見て桃太郎は背筋をピンと伸ばし、威勢良く声を上げた。 「よし、シロ!」 「ハイ!」顔を上げた犬は満面の笑みを浮かべている。桃太郎は少し首を傾けて見せた。 「普通の犬なら『ワン!』って言うところだけどな」 海風が響くのか、窓ガラスがガタガタと音を鳴らす。 「あの、桃太郎様、ひとつ質問してよろしいですか?」 「おいっ」 「何だ?シロ」 「その素晴らしい団子をお作りになったのはどなたなのですか?」 桃太郎は、腰につけたきびだんごの袋に手をやった。きびの粉で白くなっている首領のにっと笑った顔を思い出した。そして力強く言った。 「俺の・・・親父だ」 「おっ、おいっ」 「そうでございましたか・・・!」何やら感動している犬。 「おいってば」 「あぁ」感慨深げに頷く桃太郎。島は大丈夫だろうか。彦助と長次はあの後どうしただろう・・・。 「おいっ、気付けぇぇえええーーーーーーーーーー!!!!!」 ハッとした桃太郎と犬はガバッと一斉に天井を見上げた。窓がいつの間にか開いており、月の逆光で何かの黒い影が浮かび上がっている。 「お・・・っ、お前ら気付くの遅すぎるんだよっ!」 唖然としていた桃太郎がやっと声を出した。 「・・・キジ?」 するとその黒い影はスッと飛び降り、桃太郎と犬の前で静かに着地した。やはりキジだった。 「キジ・・・お前、何しに来たんだ?」 「・・・」 「もしかして、助けに来て下さったんですか?」犬が目を輝かせる。 キジは照れくさいのか首をぎこちなく動かしてそっぽを向いた。 「べ、べつにお前らのためじゃないぞ」 「じゃあ、誰のために来たんだよ」桃太郎はニヤリと笑った。 「・・・自分のためだ」 「?どういうことだよ」 「そっ、それ以上聞くなっ」 その時、戸の外から見張りの声がした。 「おい!騒がしいぞ。どうした?」 「何でもない!」桃太郎は声を上げた。そして潜めて言った。 「まずいな、気付かれない内に早くここから脱出しよう」 「では、私達はどうすればよいのですか?」犬がキジを見つめた。 「・・・おれにつかまれ」 「は?」桃太郎は顔をしかめた。 「いくらなんでもそれでは飛べませんよね」犬も苦々しく言った。 しかしキジは首を振り、深刻そうに声を落とした。 「いや、飛べるんだ。さっき下に降りて船の綱を引っ張ったら、驚くほど軽々動いて・・・だから島の裏側まで船を運んでおいた。とにかく馬鹿力が出るみたいなんだ。団子を食ってから体が何となく変な感じだったんだが、こ、これは、どういうことだ?」 「お前・・・もしかして、力が弱くて劣等感とか持ってたか?」 「なっ、なななんでそれを!?」 「まあ、気にするな」桃太郎は犬と顔を見合わせて含み笑いをした。 犬は桃太郎の足につかまり、桃太郎はキジの足につかまり、キジは飛び上がった。窓の桟で桃太郎は腹を打ち呻いたが、キジはお構いなしで進んだ。上空で犬は足元に目をやり、その高さに震えた。見張りの者たちは、この怪しい空飛ぶ物体に気付いてはいないようだった。 集落を取り囲む高い防壁を越え、島の裏側に出ると、一面に段々畑が広がっていた。鬼ヶ島の人々はここで食糧を得ているようだ。登りで通った表側のような険しさは見えず、ひっそりとのどかな夜景だった。 「桃太郎君、さっきは仲間が手荒い真似をしてごめんなさい。おなか空いたでしょ?食事を持ってきたの。今、戸を開けさせるわね」 ランの手にある鍋から白い湯気が立ち上っていた。 第10章 完 第十一章へつづく ジャンル別一覧
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